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箱根その3 大涌谷

2日目は箱根登山鉄道とロープウェーに乗って大涌谷へ行きました。
s-20120513箱根登山鉄道2

山は新緑がきれいでした。子どもたちはロープウェーに大興奮。
s-20120513ロープウェー

ロープウェーを降りた後は山道を登ります。娘が途中で歩かなくなってしまったので抱っこでしばらく登ってきつかったです。ま、2歳だからしょうがない。
s-20120513大涌谷

なんでなんで期の娘っこは、「なんでけむりがでてるのぉ~?」って何度も聞いていました。
s-20120513娘@大涌谷

友人N君は、気づくと2歳の息子Tちゃんをあまり世話してなくて、誰かしら友人女子がTちゃんと手をつないで歩いていたりして、そのパス回しのうまさ、要領のよさに感心w(学生のころと変わってないわ)

大涌谷名物黒い卵も。初めて食べましたが普通においしいですね。




娘はちょっと途中機嫌悪くなった場面もありましたが、息子はほとんどほっておいても大丈夫でした。楽になったな~。



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乳腺炎と桜シフォン

今年のGWは、夫が大学院の合宿の下見、被災地視察(?)でいなかったため、もともと旅行などの予定はなかったのですが・・・なんと、久しぶりに乳腺炎になってしまいました

29日からなんだか頭痛がするなあと思っていたのですが、翌朝熱を測ったら8度五分!

胸も痛いしこれはきっと乳腺炎だなぁと、急いで母乳ケアをしてくれる助産院に電話したらまずクリニックで診断してもらって薬出してもらってから来て、と。

熱で頭がもうろうとしながらも、提携先の産婦人科に子ども二人連れて電車を乗り継いで行き、そこで2時間ほど待たされ、合間にお腹がすいたという子ども達にお蕎麦屋さんでお昼を食べさせ、その後一旦地元に戻って義父に息子を託してやっとタクシーで助産院へ。

さらにケアが終わった後に薬局に行ったら処方された薬がないと言われて、隣駅の薬局へ自転車で。。。

やっと薬をもらえて自宅に帰れたのが夕方4時。熱を測ったら9度5分でもうホントぐったり。

食欲もないし料理する気力なんてまったくないので、納豆ご飯食べて、薬を飲んで5時には寝ちゃいました。

幸い上の子は義実家に預かってもらえたし、下の子は私と一緒に5時から翌朝9時まで16時間(!)寝てくれ、その間ずっとご飯を食べずにおっぱいを飲んでくれたので、翌朝には平熱に戻りました

助産院の母乳ケアはその翌日にまた行って、次の日が仕事だったので、そのまた翌日にも行って、もう大丈夫と言われてケア終了。

今は助産院で紹介された漢方のクリニックで出してもらった煎じ薬と漢方薬を飲んでいます。すっごいまずいのですが、今はすこぶる体調良いです健康ってありがたいわぁ。

そしてこちらは、義実家へ、息子を預かって頂いたお礼に焼いたシフォン。

s-シフォン型出し前

いつものなかしましほさんのレシピで、桜の花の塩漬けと甘納豆入り。

s-桜と甘納豆シフォン

桜は葉っぱも入ってないと意外と桜風味はあんまり感じられないんですね。花可愛いけど、今度は葉っぱも入れてみよーっと。



もうすぐ1ヵ月

前の日記を描いてから約二週間、震災からもうすぐで1カ月になります。

ようやく気持ちが落ち着いてきた感じです。

実際の被災地の方に比べたら申し訳ない程度の被害ですが、私なりに結構精神的なダメージがあったよう。情報収集のためTwitterにどっぷりはまってました。今思うと結構病んでた感じ…。ていうか、今も結構はまってますが

最近は心も体も軽くなってきて、ようやく被災地への支援物資をまとめようと思ったりしています(遅いんですけど。ともかく震災直後は募金で精いっぱいな感じで、体を動かすことができなかった)。

今や標語のようになっている節電、募金についても、ただ我慢するのでなく、賢く使うことが大事であるとか(ももせいづみさんのブログ武蔵野茶房がとても参考になります。最初は罪悪感のあった食器洗い機も衣類乾燥機もピーク時間をさけて使っています)

募金はもちろん大切だけど、それと並行して、被災地の生産物を購入したり(福島のアンテナショップが大賑わいだとか)、もっと復興してきたら現地に旅行に行ったりして(東北は旅したことがなかったのでもともと一度行ってみたかったのです)、経済活動を活性化させることが本当の意味での被災地の方々の支援につながるという考えにシフトしてきました。

子ども達はというと、特に震災前後で変わりなく、余震を怖がったりすることもなく元気です。

息子は最近近所の小学校でやってるサッカーチームに入りました!

初日「ゆうちゃんサッカー(←試合のこと)できないよ」というので、

「もちろん、今日は見てるだけでもいいんだよ」と言ったら、

「え、でも、ゆうちゃんがやってるとこも見て欲しいな~」と。

なんか自信ありげ(笑)そんな感じでがんばっています。お友達のママに、声が大きいことが褒められ、声だけは張り上げてがんばってます♪

s-サッカー

自転車の補助輪も外せました!はずして初日でちゃんと乗れた~。良かったよかった。自転車が随分錆びて小さくなっているので次の誕生日に大きいのを買おうねと話しています。

s-自転車

娘も元気です。

お外遊びが大好きな1歳8カ月。出かけようとすると「バビー!(←バギー)」と主張し、バギーには乗らずに押して歩きます。

s-バギー

意外に慎重な上の子と比べて実は結構大胆。

先日、大人の私でもちょっと躊躇する滑り台を一人で滑って(夫が滑らせた←滑らすな)、受け止めると言っていた息子が直前に怖くなってよけて砂地に突っ込み、顔面擦り傷を負いました

しかも目の中に入った砂が取れず、タクシーで救急病院に行って、水で流してもらいました。ものすごい悲鳴をあげたそうです(夫談)

幸い傷はもうすっかりきれいに治り、目も特に問題なさそうなので良かったですが、気をつけよう。。

s-公園遊び

備蓄のこと、原発のこと

息子の熱、やっと今日下がりました。

先週の日曜日に発熱して6日間上がったり下がったり。

今までこんなに長引いたことはあまりなかったので、やっぱり色々あったから、表面化していないけどストレスで免疫力が低下してるのかな~なんて思いました。

震災当日から一週間、震災はあの日で終わり、ではなく、まだまだ色んなことが起きていて、それぞれに対して気持ちが揺れたり、考えさせられたり。

現時点で、私の考えていることをまた記録したいと思います。

【備蓄のこと】

震災後、お店の欠品が話題になりました。

私は普段働いていて買い物に行けないので、食料品やトイレットペーパーなどの日用品はほとんどらでぃっしゅぼーやと生活クラブの宅配で賄ってます。幸運なことに、震災の日の金曜日が宅配日で、お米も卵もしっかり届いていたので一週間分は余裕。

ただ、今後どうなっていくのか不安になったのですが、下記サイトを読んで、モノ不足の原因は供給減ではなく、買占めであることがわかり一安心しました。

日刊サイゾー

スーパーにはまったく行っていません。会社のコンビニで飲み物買うくらい。

それから、あな吉さんのブログ記事にも共感。記事はこちら→

家にはインスタント食品はなくとも、乾物や缶詰などはある程度あるし、小麦粉もたっぷりあるからパンも焼けるし。もしガス止まったとしてもカセットコンロがある限りは料理もできるでしょう。

今買占めに走ってしまう人は、不安が原因なんでしょうから、自分で食料作れるという安心感が持てることは本当にありがたいです。

【原発のこと】

近くに住むいとこが、原発のニュースを聞いて不安に思い、子どもを連れて福岡に帰ったという話を聞き、「ええ!?」とびっくりしたけど、今、西へ疎開する人どんどん増えているみたいですね。

原発は、もちろん怖いです。が、まずは情報収集。ネット上でも皆関心が高いらしく、話題のこれを見ました↓。わかりやすかったです。うんち・おならに例えるっていうのがいいよね。

うんち・おならで例える原発解説

あとは、東大病院放射線治療チームのツイッターもずっとフォローしています。

こんな時、専門家が最新の科学的な知見をわかりやすく提供してくれること。とてもありがたいです。

福岡の母からは「帰ってきたら?」と言われたけれど、どうにもそういう気にはなれませんでした。

私の考えが甘すぎるのかなぁ、、とも思うのですが、上記を読んだ限り、今すぐ福岡に行かなきゃと思えるほど危ない状況とは思えない。

もし万が一事故がもっと大変なことになって、私が今福岡に帰らなかった結果子ども達が被ばくすることになったとしたら、それはものすごく後悔するかもしれないけど、そのリスクをじっくり考えた上でも、やっぱりここ東京で、今までの仕事を、今一緒に仕事している人たちと一緒にやって、子ども達と、夫と、この家で暮らすことの方を選びたいというのが正直な気持ち。

まだまだ計画停電があったり(うちの地域は今のところ予定なしですが)、職場も電車の関係で出社できない同僚がいたり、私自身の気持ちも落ち着かない状況だけど、なんとか立て直して、元の日常に戻るっていうより、3.11.以降の新しい価値観の中で、ちょっとリニューアルした日常をまた作りなおしたいなと思っています。

最後に村上龍のニューヨーク・タイムズへの寄稿文。⇒
共感します。

震災の日のこと

日曜日の朝から息子が熱を出して、今朝もまだ7度5分と熱が続いているため(診断はお腹の風邪)昨日今日と仕事はお休み。

あの日のことを記録します。

震災当日、私はたまたま仕事で日本橋で、業界団体の会合に参加していました。

ビルの6階でかなり揺れましたが、ホールなので落ちてきたり倒れたりするものがなかったし、500名くらいの人たちと一緒にいたからそこまでの不安感はなし。

予定通り5時に終了し帰ろうとしたけれど電車は運休。少し待てば動くかなぁと粘ったけど、気づいたら6時半。ハイヒールでは歩けないので、コレドのお店でフラットシューズを購入して7時頃出発。

会社の大手町からは妊娠中に自宅まで徒歩帰宅したことが3回くらいあったので道は大体OK。

iphoneの充電がもともと満たんじゃなかったので、途中で切れる。夫から「今どこ?」とメールはあったけど、返事してもどうやら届いていない様子。

国道をずっと行くので、道には人が溢れている。途中コンビニでトイレによると、待っている人達が「どこまでですか?」「私は流山まで」なんて会話していたり、うちの近くまで来ると老舗の和菓子屋さんが、歩いている人たちにお茶を配っていたり。

阪神大震災を経験した友達が「皆いい人になるんだよ」と言ってたのを思い出す。

1時間半で着くかと思っていたけれど、結局2時間かかって9時に到着。避難先の中学校で、うちの子を含め7名ほどの子ども達が、10名くらいの先生方と一緒にいました。

部屋の中は明るく、温かく、子ども達はいつも通り元気な様子。

娘は1時間くらい寝て起きたばかりとのこと。泣かなかったし、オムツを6時間の間一回もぬらさずトイレで排泄したそう。泣かなくても緊張してたんだろうなぁ。

息子は帰り際同じクラスの子とLaQでもっと遊びたいとごねる。いたって普通。二人ともおにぎりやお菓子を頂いたらしい。

私も先生に「疲れたでしょう?」とお菓子とお茶を頂いてちょっと一息いれさせてもらった。

保育園の先生方は、そのまま中学校に泊まられたご様子。保健師の先生は妊婦さんなのに。。。先生方が子どもだちを見てくださったことが、本当に本当にありがたかった。

そして帰宅。玄関をあけたら、額と鍵を入れていた陶器のお皿が割れていたので、家の中はどんなことになっているだろう・・・?と恐る恐る覗いてみたら、食器棚はまったく損傷なし。ただ、うちの食器棚、扉が今ない状態なので、今後これはどうにかしないとまずい。

あと寝室の壊れて使っていないブラウン管テレビが棚から落ちていた。新しいのを買うときに処分しようかと思っていたけど、速やかに粗大ゴミとして捨てようと思う。

家に帰ったらお茶漬け食べてお風呂に入って10時過ぎ就寝。夫は知り合いの車に乗せてもらったそうで10時半ごろ帰宅。

歩いていた時、結局最後は足と体力、腕力(帰宅途中小さな子どもを連れている人も多数見ました)だなということ身にしみて感じました。

被災地ではまだまだ命の危機にひんしている人や、苦しんでいる人たちがいる・・・と思うと本当に本当に心が痛みますが、今は自分にできること、節電、募金、そして落ち着かない気持ちを抱えつつも日々の暮らしをやっぱり大切にしていくことをできる限りやっていこうと思います。
プロフィール

ルーシー1104

Author:ルーシー1104
家族は、夫、H17年生まれの息子、H21年生まれの娘。
昼間は時短ワーママ。なかなか旅はできないけど、
趣味のパン焼き、育児のことなど日記をつづっています。

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